猫が目を覚ますと、世界は渦巻きになっていた。
位置も時間も温度も大気圧も、目まぐるしく変わっていく。その中で形を変えずに存在しているのは猫だけだった。
景色が流動的に動いている。
温度の振り幅、時折見える風景、常に大部分を占めている青、それらは全て地球上のもの。
(ここはどこだろう)
鼻を揺らして猫は周囲を散策する。けれども何も分からなかった。
ひょっとしたら自転に置いていかれたのかもしれない。なにしろ猫は怠け者だった。時速一四〇〇キロで回転する球体に爪を立てて、同じ位置に留まり続けられるようなタイプではないのだ。
(ううん、難しいことは嫌いだよ)
猫は欠伸をする。居心地が悪いわけではないので、ここがどこかはどうでもよくなったのだ。
どうせやることは変わらない。一日に十五時間眠って、お腹が減ったらごはんを探す。それだけのことである。
自慢のふわふわしっぽを舐めて、猫はその場に丸くなる。どうせあたりはどろどろに流れたり回ったりしているので、どこで眠っても良さそうに思えた。
「おや、これはまたのんきなのが選ばれたなあ」
夢に旅立つ寸前だった猫に、小柄な熊が声をかけてきた。
普段はこのくらいで目を覚ます猫ではないけれど、なにしろどろどろの世界の中で初めて、ちゃんとした形を持ったものに会えたのだ。気持ち小腹も減っていたし、ごはんはどこで手に入るのか聞こうと、猫は身体を起こした。
「ごはん? 大丈夫、大丈夫。そのうちどこかで止まるから」
猫はまだ一言も口にしていないのに、熊は気さくな口調でそう言った。そして、よいしょ、と猫の目の前に座る。
「北極星って分かるかい?」
知っていたけれど、分かるといえるほどに知っているわけではなかったので、猫はかぶりを振った。
すると熊はにっこり微笑む。
「地球の自転の軸、地軸の延長線上にある恒星が、北極星だ。この星は地球上から見ると、他の星とは違って、動いていない。回転軸上にあるからね。ぼくたちは今、それと同じような状態にあるんだ」
嬉しそうに熊は言う。たぶん、話の内容がいいことかどうかは関係なくて、説明すること自体が楽しいのだろう。
猫はというと、せっかく目を覚ましたのに、また眠くなってきてしまった。難しいことは嫌いなのだ。
「ぼくたちは今、他の全てが動いている中で、動いていない。でも、それは見かけ上だけで、実は少しだけ動いている。気付けないくらいの距離をね。北極星が本当は、完璧に地軸の延長線上にあるわけではないから、少しだけ動いているのと同じように」
突然、熊は猫の頭に手を置いた。
何だろう、と猫は閉じかけた瞼を上げる。深い色をした熊の瞳を見つめた。
「あくまで地球から見ての話が、今までの説明。本題はここからだ。北極星から見た地球がどうなっているか、君は分かるかい?」
猫はかぶりを振る。
熊はますます嬉しそうな顔をした。
「それは良かった。知っていたら、つまらないからね。説明はこれで終わり。ぼくは帰るから、あとは君に任せるよ」
ぽふぽふと猫の頭を軽く叩くと、熊はすっくと二本足で立ち上がり、腰に手を当てて、猫に告げた。
「今日からは君が北極星だ。次の誰かと出会うまで、素敵な旅をするといい」
次の瞬間、熊の姿は消えていた。
どこへ行ったんだろう、と猫は近くをぐるぐる探す。でも結局、熊は見つからなかった。ごはんも見当たらないままだ。鼠も雀もどこにも居ない。
仕方がないので、猫はまた丸くなった。
不安はない。だって熊は、ごはんは何とかなると言っていた。
(素敵な旅って、どういうことだろう?)
気になったけれど、瞼を閉じたらすぐ、猫は眠りに落ちてしまった。