いやだってほら、ゴミを捨て忘れることってあるじゃないすか。
うちの区域は毎週、水曜と土曜がゴミの日なんすよ。水曜はまあいいとして、土曜っすよ? 寝てるじゃないすか普通。
いや工夫はしてますよ。金曜の夜にはゴミくくって玄関に置いてますよ。目覚ましもセットしてます。
でも起きれないんすよ。土曜っすよ? 寝させてくださいよ。
は? 夜のうちに出せばいい? いやいや、ルールを守ってくださいよ。ゴミ捨ては朝だけ。夜に捨てるのはルール違反。野良猫とかめっちゃ来ちゃうでしょ? その糞尿の掃除は誰がするんすか?
まあ、糞尿の問題は結局、起きちまったんすけどね……。
何から話したもんですかね。ねえ、刑事さん、わかってほしいのは、おれがあの人を殺したわけじゃないってことなんすよ……。
土曜のゴミを捨て損ねてからの話をします。順を追って話すのがいいと思うんで。
まず、玄関に置いておくのは、捨て忘れないためなんすよ。朝弱いんで、いつも遅刻寸前でダッシュだから、そうしとかないと忘れるんすね。
で、土曜起きれなくて、捨て損ねるじゃないすか。
次は水曜。日、月、火の三日間も、玄関にゴミ置いとくの、嫌じゃないすか。女、連れ込むとき、玄関開けてすぐゴミ袋とか萎えるじゃないすか。跨がないと家に出入りできないんすよ?
だから、捨て損ねたら、ベランダにゴミ袋、逃がしとくんすよ。
毎週、毎週、捨て損ねるから、だんだん、それが習慣になってきちゃって……
それが良くなかったんすよね。
覚えられちまったんですよ。
カラスの連中に、「日曜はここに餌があるぜ」って。
現場で着てるツナギ、くそ汚ねえから、洗濯機で洗うだけじゃ、汚れが落ち切れねえんですよ。だからいつも、土曜に風呂ためて、入った後にそこにツナギ沈めて、汚れを落として、日曜に干してるんすね。
あるとき、それが起きたんですよ。
洗濯干そうと思って、ベランダに出たら、出してたゴミ袋が引き裂かれて、生ゴミがそこら中に、飛び散ってたんすよ。
なんだこれ、ありえねえって、思って、そのとき、
「がぁー」
って、聞こえたんすよ。手すりの向こうから。
うち、アパートの三階で、目の前がちょうど、電線になってて。そこに、とまってたんす。四羽。
でっけえカラス。
おれ、ぶちきれて、洗濯ばさみ投げつけて、叫んだんすよ。ふざけんじゃねえって。カラスのやつら、あわくって逃げてって……で、次の日からはもう見なくなって。だから油断して、次の土曜に捨て損ねたときも、いつもみたいに、出したんすよね、ゴミ袋。ベランダに。
またやられたんすよ。
やったときは必ず、カラスの連中、いるんすよね。電線の上に四羽。いうんすよ。「がぁー」って。馬鹿にしてるんだ、人間を。
頭きちまってね。
ゴミ袋を家ん中に隠すのは簡単すよ。でも置くとこがほら、玄関しかないんで、置いちまうと日月火って、跨がなきゃ家から出れない。癪じゃないすか。カラスのせいで、そんなことしなきゃいけないの。人間舐めてるんすよあいつら。
痛い目、見せてやって、二度と人間に刃向かえないようにしてやろうって、思ったんすね。
だから仕込んでやったんすよ。
中身をからしに替えた、シュークリームを、ゴミ袋いっぱいに詰めて、置いておいたんす。
その夜、おれ、徹夜でベランダ見張りましたよ。食うとこ、見たくて。やつらは来ました。そして、食った! おかしいってすぐ気付いて、ゲロ吐きましたよ連中。あはは。愉快だった。
その次の日、いつも電線にとまってたやつら、いなくて。勝ったって思いましたよ。最高の気分だった。
次の週は試しに、普通に自分のゴミを、土曜の夜、ベランダに出したんすね。で、徹夜で見張ってたんすけど、カラスは来なかった。おれんとこじゃもう餌は食わねえって決めたんだなって、完璧に勝ったって思った。
日曜、いつもみたいにツナギを干して……取り込むときに、気付いたんす。
ツナギはカラスの糞で真っ白だった。
一週間分、全部だ。全部っすよ。
ゴミ袋は食われてなかった。畜生、あいつら、おれに復讐しにきたんだ。
いままでおれんちは餌場だった。おれは餌を出す馬鹿な人間だった。
でも、変わった。
おれはカラスにとって、「攻撃するべき人間」になっちまった。
まず洗濯物が出せなくなった。
出すと必ず糞をされるんだ。あいつらが狙ってんのがわかった。部屋干しするしかなくなっちまった。クソ! 生乾きの、あの嫌なにおい。最悪だ。
家を出ると、カラスがいつも、視界のどこかにいるようになった。
時々、連中、おれのすげえ近くまで来るんだ。嘴をかちかち鳴らす。そして言うんだ。「がぁー」って。いつ襲われてもおかしくなかった。カラスって、光もん、好きだろ。おれシルバー巻いてたんだけど、わかるんだ、連中、おれのネックレスを、ブレスレットを、見てる。怖くてさ。つつかれそうで。
刑事さん、カラスの嘴ってさあ、でけえんだ。分厚くって、人間の目玉なんか、簡単にえぐり出せそうなんだ。
あいつらはいつもおれを見てる。
近くを飛んでる。
敵だと思ってる。
おれ、おれ、怖くなっちまってさ。そりゃ、最初は思ってたぜ。舐めるんじゃねえって。でもどうすりゃいい? 怒鳴っても、ものを投げても、あいつらはさっと避ける。そんでこっちをじっと見てる。時々、鳴くんだ。「がぁー」って。夜、「ああ、もういないな」って思って、歩いてると、じつは街灯の上なんかにいて、それに気付いて、ぎょっとするんだ。屋上で配線引いてるときとか、ふと空を見ると、カラスがいるんだ。毎日だ。毎日、そんな風なんだ。
わぁーって、なるんだ。
やめてくれって、叫び出しそうになる……。
だからさ、おれ、謝ることにしたんだ。
カラスの餌、買ったんだ。調べたらなんでも食うっていうから、食パン買ってさ。千切って、ベランダにまくんだ。
でもカラスの連中、食わねえんだ。おれのベランダに落ちてるもん、警戒してるんだよ。からしシュークリームのせいさ。
だからおれ、ベランダから、外に食パン撒いたんだ。
アパートの一階、ちいせえ庭があって、一階に住んでるやつが植物育てたりしてんだけど、そこに落ちた食パンは、食うんだ、連中。
おれは夢中でまいたよ。カラスに許してほしかった。
そしたらカラスだけじゃなくて、鳩とか雀とか、山ほど来てさ。アパートのあたり一面、糞で真っ白になっちまった。
他の住人から、管理会社に連絡がいったんだろうな……なんか、スーツ着たやつが家に来てさ。
「パンをまくのをやめなさい。苦情がきている」
って言うんだよ。
おれ、説明した。説明したんだよ。刑事さん。それだけなんだ。
ただ、ちょっと、熱くなりすぎちまっただけなんだ。
あの野郎、なにもわかってねえ。おれがどれだけカラスに苦しめられたか、わかってなかった。わかろうともしなかった。頭に来たんだ。だから首根っこ掴んでよ、外に連れ出したんだ。言ってやったんだよ。「見ろ」って。「いんだろカラスが、あそこによぉ!」って。
カラスはいた。おれたちを見てた。
「見ろ! カラスだ! 怖えだろうが!」
って、おれ、叫んだんだ。
そしたらあの野郎、
「なにを言ってるんですか?」
って抜かしやがる。アホを見る目だった。狂ってるんじゃねえかって、おれのこと、疑ってる目だった。
なんでかそんときさ、おれ、食パン持ってて。だからさ、魔が差したんだよ。熱くなってたからさ。
教えてやろうって思った。じゃなきゃわかんねえ。カラスの怖さ、鳥の怖さ、教えてやんなきゃ駄目だって。
だからさ、おれ、投げつけたんだ。食パン、千切って。
あのスーツの野郎にさ。
カラスどもが一斉に男に襲いかかった。いや、たぶん、男についたパンを食いに来た。
あの野郎、女みてえに悲鳴あげてさ。
おれ、笑っちまって。はは。笑えるだろ?
追加でパンくず、投げつけてさ。そしたらすげえんだ。鳩も来た。雀も来た。祭りだ。祭りだったよ。
そしたらあの野郎、ぶちぎれたみたいで。「なにすんだ!」って、おれに殴りかかってきた。おれ、油断しててさ。突き飛ばされたんだ、そいつに。
持ってたパンが地面に散らばった。
でも、散らばったパンに、鳥たちは見向きもしなかった。
あいつら、スーツの野郎をひたすら突っつくんだ。
もうあの野郎にパンくずなんかついてなかった。でも突っつくんだ。
そのときようやく気付いたんだよ。
おれ、鳥たちに愛されてた。
はじめは喧嘩だったさ。ゴミと糞。からしのシュークリーム。でもおれはあいつらを認めた。謝った。パンをやった。何度も。雨の日、風の日、欠かさなかった。風邪引いて寝込んでた日も、おれ、頭がんがんするのに、ああパンやんなきゃって、ベランダ出て、千切って、投げてた。
あいつら、そのこと、わかってくれたんだ。
おれ、片親でさ。なのにずっと、おふくろと仲、悪くて。あいつ、いつも男と続かなくてさ、八つ当たりするんだ。おれに。そんな家で育ったからさ、おれ、ずっとなんか……学もねえからさ、誰にも褒められなかった……認められなかった。
でも、鳥たちは、違ったんだ。
だから……あとは刑事さんの知ってる通りだよ……おれはパンをあげ続けたんだ……あのスーツ野郎が動かなくなるまで……。
おれ……怖くなってさ……動かなくなったあいつを、隠さなきゃって、埋めなきゃって、穴掘ってたら……いつの間にか、あんたらが来てて……おれ、ここにいるんだ……。
なあ、刑事さん……おれはあいつを殺してねえって、これでわかったろ……?
でもおれ、カラスが、鳥たちが悪いとは、言わねえよ……あいつらは悪くない……悪いのは、おれだ……。
え……? 死んでない……?
気絶してただけ……?
ああ……そう……じゃあ帰っていい?