わたしを離さないで(2011)

 今日もサービス残業でした(挨拶)。

 資格試験とかいろいろありまして、ブログの更新はサボりがちです。いやあ毎日書くのって難しいね。

 でも映画は観てるんだなこれが! 現実逃避ってやつです。

 原作はノーベル賞を取ったカズオ・イシグロ氏の同名小説。もともと小説のほうを彼がノーベル賞を受賞した直後に(ミーハーなので)読んで、「ああ、やっぱすげえなあ」と思っていた作品です。

 で、原作を読んでから観る映画って大抵、外れなのですが、これは違いました。

 めっちゃいい。ただ、原作とはすこし雰囲気が異なります。

 クローンとして生まれ、大人になると同時に臓器提供体として扱われ、多くても三回ほどの手術の後に死んでしまう、特殊な境遇の人々の物語。

 悲痛な設定なので、重苦しいどよんとした作品を想像するかもしれませんが、原作小説のタッチは非常にやわらか。これがすごいところで、いくらでも重く、えげつなく書ける題材なのに、あくまでもやわらかいのです。主人公のキャシー、彼女が心惹かれる男の子と、その男の子と付き合っている女の子。この三名にフォーカスをあてて、シンプルな三角関係の恋愛小説として、おおまかなプロットが切られています。

 そこにすごみを感じました。

 悲痛な話をやわらかく、淡々と書けるのは、それだけ泣いたからだとぼくは考えます。例えば大切な人を亡くしたとき、悲しくて悲しくて、涸れるまで泣いて、でもそれから何十年か経つと、その人のことを思い出しても、もう涙は出なくなってる。誰かに、その人との思い出話をできるようにもなってる。やわらかく、淡々と。そしてその頃には、劇的な最後よりも、その人と過ごした些細な出来事のほうが、ずっと鮮やかに思い出せたりする。それだけ大切だったから。

 で、まあ、そこが小説の良さだった。

 映画はちょいと趣が違います。

 より設定のほうに重きを置き、「生きるとは何か」という問いに挑んだ作品になっていました。そして映画の最後、主人公のキャシーは独白します。「いずれみな終わる。生きた理由もわからずに」

 これが小説の雰囲気を壊すような演出ではなく、小説に内包されていたそうした部分にフォーカスをあてて掘り起こしたように仕上がっているのが素晴らしいところ。

 本当に原作が好きな監督が取らないとこうはならない。愛を感じました。

 そのうえで技術的にもすごい。 1時間45分ほどでコンパクトにまとまっているし、映像美もすごかった。どこかどんよりした、曇っているようなショットが多い映画ですが、要所要所で自然光を美しく取り入れた、鮮やかなカットがはさまります。その綺麗なこと。そしてまた、そのショットが『わたしを離さないで』にぴったりとはまる。

 またひとつ、好きな映画が増えました。