『漫画短編集 浮石』zinbei(2017)

出典:https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=404838

 映画の話ばかりしていますが漫画も大好きなので、漫画の話もしたいと思います。

 第一回はzinbeiさんの『漫画短編集 浮石』です。

 私はツイッターで絵を上げている方をよくフォローしています。素敵な絵ばかりで、見るのが楽しいからです。

 そのなかでも、一際好きなのがzinbeiさんの絵で、調べてみると同人誌を出しているということで、手に取ったのが本書です。

 収録されているのは『或る本の虫の慕情』『ただそれだけで』『柞の朱の後』『メタモルフォーゼ』『新嘗のそめき』の五編。この記事では特に好きな 『柞の朱の後』 について書きます。

 

  『柞の朱の後』 は主人公のタテワキと、彼女の高校時代の同級生である真以が、夜十二時にふと思い立って、地元の海岸に夜光虫を観に行くおはなし。

 ストーリーはそれだけ。二十三歳と二十四歳の、女二人が夜の海に行くだけの、とても短いおはなしなのですが、その中にぎゅっと凝縮されているものがあり、それが非常にいいのです。

 話はタテワキがコンビニでコーラとおつまみをしこたま買うところから始まります。

 二人は(たぶん)ペーパードライバーの真以の運転で海へ向かいますが、道中の雑談はじつに脈絡がなく、四方八方に飛びます。具体的には、「買いたてのデジカメ」「帰省前日の悲鳴を上げるほどの仕事量」「夜道についての所感」「昔怖かった幽霊番組の思い出(これはタテワキが思い出すだけ)」「坂道の砂で進まなくなる車と、そこからの脱出」「互いに未だ高校のクソダサいジャージを着ていること」「浜がキャンプ場でもあることに驚くタテワキ(この間、真以は海岸の漂着物を見ている)」「いざ海へ入る」「クラゲの有無について」「夜光虫についての言及」と、これだけの情報量がなんと4ページに詰まっています。

 この、その日のメインテーマと、自分の近況と、相手の近況と、いま互いが興味を持っていることが高速で行き来する感じに、覚えがある人は多いのではないでしょうか。

 久々に地元に帰って、大切な友人と再会したときの、あの感じ。

 あの感じがこの一編には凝縮されているのです。

 タテワキと真以がですね、殴り合いみたいに話すんですよ。話したいことがお互いに山のようにあるんですね。それが楽しくて仕方ないのが伝わってくるんです。

 そんな二人と、それを彩る風景の描写も素敵です。真以の二の腕にははんこ注射の跡があり、デジカメは具体的な機種名が出ますし(OLYMPUSのTG-4。すごく性能のいいデジカメ。私も仕事で使ってますが、あのカメラの深度合成機能は価格に対する質の良さが異常)、海岸の漂着物はゴミが多くて「ああ、海ってそうだなあ」と思い出します。

 すごく自然なんですね。二人が楽しげなのも、彼女たちを取り巻く風景も。

 だから本当に、久しぶりに大切な友人と会ったときのあの感じが真空パックされているような一編で、そこが好きなのです。

 

 こんな具合に私はzinbeiさんのファンなので、『ペングロイド』の装画を担当して頂けたことは非常に嬉しかったです。ときどき表紙を眺めてはにやついています。

 次回の漫画の話ではネルノダイスキさんの『ひょうひょう』について書く予定。

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